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- 2020.01.10 Friday
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伯爵低から宮殿に向かいます。この世界で生きていくのでしょうか? このおはなしを最初から読んで見たいと思われる方は、左のcategoriesから、『パール・ストリングス - 小説』に入って、さかのぼってくださいね。よろしくお願いします。
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■ 十四 練兵場兵舎
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―マックダリアン伯爵の率いる馬車数台。その前列の馬車に三人は乗っていた。
「します、されます、いたします。思います、お思いになられます、存じます。知っています、ご存知になられます、存じます。食べます、召し上がります、いただきます……」
サツキはぶつぶつと繰り返していた。
サツキと弥生は、ダリアン邸では作業着のダブリエを着ていたが、今日は絹とジョーゼットのドレスを着て、その上にケープをはおり、すっかりパール国人らしくなっている。高校生姿の彼らに比べずいぶんと落ちついてみえた。
「サツキは勉強熱心ね。あっ、マリー・サツキ・ド・ラ・ビーア嬢と呼ばなきゃならないんだっけ?」
弥生はいつもながら感心していた。
サツキはダリアン邸で学んだことを復習しているのだった。紙に書いたものをビリビリに破いて、
「うん、これで覚えたことにしておこう」
そう言って、サツキは、弥生を、正式な名前で呼びかけ、
「アンヌ・ヤヨイ・ド・ラ・ビーアさん、他に文字の書いた紙は持ってない? わたしたちの世界の文字を人に見られないように、と厳重に注意されたものね。それにしてもパール国の文字。だいぶ覚えたけれど、おとなの書くものは、てんで読めない」
サツキは不安な顔色を示した。
のんきそうな弥生は馬車の窓から外を眺めていた。
「サツキはスポークスマン。わたしはなんだろ。ホームシックのぼやきマンか? あの太陽、二つもあるなんてやだ。ああ、Sの苺ケーキ食べたいなあ……」
「太るよ」
「季節限定の苺だいふく食べた?」
「食べなかった」
「わたしも。こんなことなら食べておけばよかった。生クリームたっぷり!」
「宮殿に行けば、また、おいしいものにありつけるさ。ドリアン家のデザートもすごかったじゃないか」
と、葉月が横から口をはさむ。細い手でマントの留め金をはずして首もとをゆるめると、中から刺しゅうのある派手なレース襟がのぞいた。
パール国は身分上下の違いが厳しい。『男らしさ女らしさ』を求めての厳格なルールが設けられている。葉月はそれを聞かされていたので、恐れをなして、なるべく男らしく振舞おうとしていた。女装でもしようものなら牢屋に入れられ、鞭打ちの刑は免れない。顔にも傷跡が残るように故意に打たれるのだという。
葉月は、サツキと弥生とは血がつながっていて腹違いの弟、ジャン・ハヅキ・ド・ラ・ビーア子爵、と称していた。この子爵は、女の子になりたい願望を、以前よりも、深く深く胸の底に秘めたまま、憂い顔で口元をきりりと結んでいるのであった。
ようやくパニックから逃れて、伯爵家での滞在です。
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■ 十三 ダリアンの館
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―その老人ことダリアン・ド・ラ・シャーウッド伯爵はこの森一帯の領主でアーモンドの木に囲まれた邸宅に住んでいた。桜に似た花を咲かせるアーモンドはいまや花盛り。桃色の絵の具をふんだんに使った絵画のような景色で広い敷地の庭は手入れが行き届いていた。生垣として薔薇がいたるところに這わしてあった。もうじきたくさんの蕾をつけて咲きほこるのだという。春の陽気を提供してくれる二つの太陽は仲良く空に輝いていた。
―弥生は熱もひきすっかりよくなっていた。弥生は白の部屋着姿がとても可憐でベッドに横になっていた。また、ベッドのそばには、こぎれいな格好のすっかり麗しくなったサツキが座っていた。
「おはよう。気分はどう? 食事を持ってきたよ」
「ありがとう」
弥生は食欲も出てきてる様子だ。
「近いうち王様のところに連れて行かれるらしい」
「王様? お城?」
「宮殿だそうだよ。ダリアンさんの息子が宮殿から休暇で戻ってくる。その人に連れて行かれる予定」
「うちへは帰れないのね」
弥生の顔は少し青ざめていた。
「バレーショ山に行けとあったから、そこへたどり着ければ何とかね。宮殿で手がかりつかめるかもしれない」
サツキは弥生をがっかりさせず元気づけようとして、バレーショ山が地の果てにあるなどとは言わずに伏せていた。
「葉月はどこ?」
「水汲みの手伝い。男が女の格好するのは、この国では禁じられてるんだって。牢屋に入れられるほど厳しい掟らしい。男は男らしく女は女らしく振舞わなくてはいけない。葉月のやつ、あのメイドの衣装、すっごく似合ってたのにね」
「あの神秘はどこからやってくるんだろう?」
「あっぱれな葉月に、大扉も仕方なく、いや、本気で参ってたね」
「わたしんときは、まったく失礼!」
「途中で待ったかけたもんね。扉のあいつ、弥生が素っ裸になるの期待してたよ。ムカつくったらありゃしない!」
「そうだった? だけど、葉月みたいに仕草だけで落としてみたいな」
「葉月は胸ないから、相手から見えないようにさかんに位置を意識して動いてた」
「見事だったわ、ほんとに」
「でも……ひょっとしたら、扉はゲイ?」
「葉月が男と見てハートが射抜かれたんだとしたら?」
「やだあ! 葉月を男にもっていかれるなんてわたし許さないよう」