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  • 2017.01.08 Sunday
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小説 - さすらいの後藤田主任

 晩秋の夜、読み物でもいかがですか? 毎週金曜日、これからは、小説をのせていきますね。お魚ネタも毎日更新だと、乏しくなりそうです。

 短編1作品と少し長めの小説1作品(ジュニア向け)があります。投稿したけれどボツになってしまったものです。オヨヨ・・・。まずは、短編からです。

 よかったら読んでください。<(_ _)>

さすらいの後藤田主任
                作者 赤沢金魚 (るこのペンネーム)

  五月。連休明け時分のことであった。オフィス街では新緑といっても街路樹が、小さな、とにかくも、うすみどりの葉を出したぐらいで、季節感はそれほどさわやかに漂うはずもなく。小脇になにかをかかえたビジネスマンがくすんだ色調のビル内に入って行く。そこでは、最近契約したばかりの経営コンサルタントがはなはだ強く勧めるという避難訓練が行われていた。かけがえのない貴重な昼休憩を半分も裂いてしまうのだ。やがて火災報知機が鳴り響く。他のことはさておいて、まっしぐらに駆け出していく社員たち。電話番として三人ばかりが残された。やがて、けたたましいベルが鳴り終わると、そのうち女子社員が二人、落ち着き払って話し始めた。
 もう一人、男子社員が背伸びをしながら立ち上がり、二人のあたりまで来てふと見ると、一人が会話に入るように促した。噂話をするときはだれでも声のトーンを落とすものだ。しかもかなり早口に話しこんでいたから、なかなか話について行けなかった。
 内容はどうやら女子社員間ではしょっちゅう話題にのぼっている後藤田主任のことだった。後藤田主任は二十八歳最年少で幸運をつかみとり主任に昇格していた。
「部長のおかげで昇進したのよ」少々やっかみ半分でまんざら嘘にはならないだろうと憶測して言い放った。後藤田主任とは、長い髪を毛先でカールさせ肩の上に垂らせている美しい容貌の持ち主。部長のお気に入りと取り沙汰されているのは、まぎれもない明白な事実なのである。

 「主任は新入社員の山本くんに目をつけちゃった?」ひとりが小声でひとりごとを言う。
「目をつけちゃったんですか?」キッとなって、もうひとりがおうむがえし。「三戸くんは山本くんの隣の席よね。三戸くん、何か感じない?」と気がかりになってたずねた。
「ええと僕は・・感じたかと言われましても・・」すっかり口ごもっている。
「後藤田主任にかなう者はいないから・・」思わず深いため息が出た。そう言う方をもうひとりが振り返ってたずねた。
「部長とはどうなってるんです?」
「そんなの終わってる」
「すっごく! いい雰囲気の二人じゃないですか。今だってなにかない方がおかしい。男女の仲良し・・恋愛関係がつきものに違いありません」と心からそう信じきっている。
「仕事上の関係だけだよ。後藤田さんから聞いたことあるもの」落ち着いてゆったりとした態度で答えて、ふと口をつぐんだ。しばらく考えこんだ。それから妙に熱を帯びた調子で付け加えた。
「お酒の席で聞いたことだし、あとは私が長年、会社の中を見てきての証言からも言えることよ。今はもう何もないって!」さらに言葉を続けた。
「そう。後藤田さんと私は同期なのね。入社して夏過ぎた頃かな。突然、部長のことをべた褒めし始めたの。いっしょにやってたプロジェククトでずいぶん助けられてたし教わることも多かったからかもね。彼女は部長への尊敬の念を公然とアピールしてたなあ。私たち周りの者にもかわいらしくとれちゃって、いやな感じはしなかったよ。主任の好いところは正面から正々堂々と立ち向かうあの姿勢なんだよね」
 三戸はそれを聞くと思い出した。新人の頃、もたついていた自分に、後藤田が見下したようでどことなく凛として、抑制した率直な言葉かけと威風堂々たる風格とで、仕事をてきぱき教えてくれたものだった。そうして彼女は文書を注意深く凝視すると、すばやく作業をやり終えてくれたりもした。当時、何とも惜しいことには、三戸の思い違いや、逆に早のみこみで後藤田とのロマンスを逸してしまったことだ。新人キラーの後藤田は自尊心も強く、その気のないものを追っていくことはできないのである。タイミングをとらえて、積極的に危険を伴うことをあえてする割には淡白な面もあった。
 女子社員は言葉を続ける。三戸は入社前の出来事なので好奇心からそば耳を立てた。
「実際、部長と主任は息がぴったり合うのだなあ。もともと相性がいいのかもね。おまけに色男の部長だから俄然調子づいたわよ。尊敬の念を恋心へとたちまち変えてしまったわ」
 恋。それは相手かまわずだれのところへも、その思いは運ばれてくるのだ。妻子がいたとしても相手かまわずなのだから容赦ない。恋は必ずやってくる。それに呼応するのは本人次第。部長がのらないはずがない。
「部長と後藤田さんは明らかに誰の目にもわかるほどフォーリンラブ。まだ少し戸惑う気持ちがあるものの、勢いづいたお互いの目は激しくきらきら輝くの。側にいる者までが感動で心震えるようだったわ。ふたりは本気だったものね。またたく間に注目の的。だれもとがめることなく続いたわ。恋わずらいにはジェラシーがつき物だけど、あの迫力にジェラシーは退散していったわね。ふたりは本能的に直感でもってお互いの本質を見とおしていたのかもねえ。相思相愛のベストカップル。部長はもう自信満々なまなざし。仕事上でもグングン後藤田さんをリードしていったわ。私たちも仕事がやりやすかったわ。いつも緊張感とノリのよい空気が支配してたからね」
「いけない関係なのに? 人の道にはずれるんじゃないですか・・」ジェラシーまじりの批判からか、はたまた道徳心からか、ひとりが窓際の席に納まって、なにかイライラした顔つきのまま、くるりと背を向けて動かない。
 いっぽう、女子社員の話すことに耳を傾けている三戸は、はっきりと最後まで聞きたいと考えた。それを察知したのか言葉は続けられた。
「そんなことは承知の上で思いを押し通すことにした。かれこれ数ヶ月、どれほど愛してたかなあ、どんなにか略奪できたらいいのにと考えていたはず。やりきれなさで、どうにも辛抱できず、やがては・・その別れは、はなはだ、さびしく静かなものだったにちがいないわ。お酒の席で話してたよ。部長の心には、たくさんの玉座があって、妻、子供たち、友人、恋人・・・それぞれ座ってるって、どれも大切なんだって。夫婦愛、親子愛、友愛、恋愛。誠実な人だから情愛を惜しみなく注いで接することができる人だと。自分には玉座はひとつしかなくて部長しかいないけど。思いっきり愛するとは、どういう心境のことかも経験できたから、あきらめられるというの。しかも、恋する感情に容易に振り回されるのは恥だけど、もうやけどはしないよって、寂しげに話してくれたよ」
 そう言い終ると、避難訓練から帰ってきた社員たちが入ってくる。三戸の真っ先に目についたのは後藤田主任と部長だった。主任の姿を見つめている山本もいた。
 男ならうぬぼれも強かろう。三戸はふたりの女子社員に言った。
「僕が主任の気持ちを変えて見せましょう。部長が、玉座はたくさんあると言われるのは、混乱されてるんじゃないですか?」
 そう言ってすらりとした身のこなしで三戸は立ち上がった。過去に、後藤田を目の前で素通りさせてしまった高潔の士、その三戸に声をかけた。
「まるっきり予想が外れるなんてことにならないように、せいぜいお頑張りよ」




                             終




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