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  • 2017.01.08 Sunday
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十七 六角庭

 春の庭園。ちょっぴりロマンチックなんです。

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■ 十七 六角庭
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 ―葉月は書庫の仕事が忙しくなった。
 サツキと弥生はエリンギ公爵夫人の雑用に追いまくられていた。
 ソレージュは連日の会議に追われてサロンには現れなかった。
「Sのチョコケーキ食べたいね」
 弥生はサツキにぼやいた。
「ソレージュはどうなったん? 晩餐会以来なんの音沙汰もなし……」
 そう言いながら、サツキは山ほど高く積まれたドレス一枚一枚にブラシをかけていく。
「わたしたち根無し草だよ。ラ・ビーアなんて名乗ってて、いつかビーア地方になんのゆかりもないことが分かったら、おとがめ受けてひどい目に合わされるにちがいないんだ。いろんなことをあいまいにして、ふりをするのも疲れちゃった」
「マックダリアン伯爵はどういう意味で宮廷に連れてきたんだろう?」
「あの人にも責任、かかるというのに……」
「お父さんのダリアン伯爵が相当の持参金というか、わたしたちの生活資金を持たせてここにあずけたんだ」
「うん。ねえ、マックダリアンさんに会ってみようよ。サツキが葉月に手紙書いてよ。わたしは、書く文字、よくわかんない。手紙は伝令係に渡せばいい」
 弥生に賛成してサツキはペンを走らせパール国の文字ですらすらと書いた。

 お元気ですか。お目にかかりたいのですが、いつがよろしいでしょうか。サツキ

 ―午後過ぎには葉月から返事が届いた。

 本日、六角庭ジャスミンの柵で六時に待っている。葉月

「あはは。見てごらん。葉月のとこだけ漢字で書いてる。花まるで囲ってあるし!」
 そう言ってサツキは愉快になった。
「なんて書いてあるの?」
「弥生、このくらい読めるでしょう?」
「読めない……受けつけないの」
 弥生の目に涙がにじんだ。ホームシックが色濃く現れていると感じたサツキは、
「うん。早く帰れるように、がんばろう」
 と言って、夕方、葉月に会えることを告げると、弥生はとても喜んだ。

  ―ジャスミンの香る六角庭。葉月はサツキと弥生を認めると手をふった。三人は駆けよると、やっと緊張感から解放されたように、とても朗らかになった。
「明日、練兵場の書庫に持っていく書類があるんだ。マックダリアン伯爵に会えるなら、話してこよう」 と、葉月は言った。
 ジャスミンはもさもさと花房をたくさんつけていた。
 葉月はジャスミンの花を一枝折って自分の胸にさすと、
「サラマンドラに乗ってバレーショ山に行こう!」
 弥生も今が盛りのジャスミンに顔を近づけ香りを楽しんで、
「もう薔薇は咲いていないかも」
「怪獣でしょ? 怖くない? 踏みつぶされるか、食べられちゃう」
 サツキは心配顔になった。そして、始めに咲いたジャスミンで、うす茶色になった花房をつかみ、パラパラと落とすのだった。
「ここでの生活は続けられるの? もどりたくないの?」
 と、葉月の問いに、
「もどりたい! もどりたい!」
 サツキと弥生はきっぱりと言いきった。
 ―夕闇が迫る頃、大きな満月が早くも頭上に輝き始めた。サツキは薄オレンジのドレスで弥生は薄紫だった。それはボーッと白く浮かびあがり、色の区別はつかなくなっていった。葉月は濃い服を着ているので、襟や袖口だけが白くはっきりとしているだけだった。ジャスミンの香りは甘く、どことなく清潔なエタノールのような匂いにも感じて、酔えるような慣れてしまえば覚醒されるような、妙な気持ちに支配された。
「葉月、王様に身を任せてもいいの?」
 弥生はポツンとひとりごとのように言った。
「なんで、わたしの許可が必要なのかな?」
「そうね……」
「舞踏会では楽しそうだったじゃないか。ご希望ならどうぞ」
「薔薇が手に入るから? サラマンドラでバレーショへ?」
「あの薔薇はソレージュのまごころだよ。弥生が摘みとれなかったのは、弥生の気持ちを、王が信じられなかったからさ」
「うん……そうね」
「もっと、どういうのかなあ、情熱の思いにワナワナと震えるとか、よろめくとか、この国の人たちは、そういうの好きそうだから、そんな調子でギリギリまで引っぱり、別に身を任せなくとも」
「わたしら現代人だし」
「郷に入れば郷にしたがえ……」
「あんね、葉月、わたしが言いたいのは、わたしはずっと、葉月のこと……」
「ほうら、陛下がお出ましだ!」
 そう言うと、葉月は、ずっと黙り続け聞いていたサツキの手をとって、どこかに隠れてしまった。
 弥生が取り残されていたところへ、ソレージュ王がやってきた。王の薄クリーム色の服は、くっきりと月光に映えていた。ジャスミンが一段と強く芳香を放ち、月の光の中、まるで何かを賛美しているかのようであった。
 つまり、ソレージュの麗しさと弥生の美しさは、きわ立っていた。
 ソレージュが、たたずんでいる弥生に気づくと、その美しさに感動してか、ソレージュは思わずよろめきそうになった。胸に焼きついて忘れられない人が、今、目の前に立っている。
「陛下、ご加減でもお悪いのでござい、ます? ましょうか?」
 弥生が声をかけると、弥生の話し言葉が変なので、ソレージュは白い歯を見せて、
「ヤヨイ、ほんとうに、あなたなのですね!」
 と、王は叫んだ。
 なれない言葉遣いで失敗して、弥生は顔を赤らめたのだが、月光では分からない。
 弥生は自分の言葉で話そうと決め、
「どうやら、陛下とわたしのこころは結ばれている?」
「タイミングよく会えるというのは、まさにそうであるという証明」
「同じことを予感して」
「あちらへ座りましょう」
 ソレージュは弥生をいざなった。
 ふたりが六角庭の隅にあるベンチに腰かけた。彼らの間には人ひとり座れるほどの間隔があった。
「弥生、あなたは大胆だ!」
「そうかしら……」
「『同じことを予感して』などと普通は言わぬ」
「はしたなくて、ごめんなさい」
「いいのだよ。かわいいひと」
 そう言って、ソレージュは、弥生のそばに、ぴったりと座りなおした。
「どうだ? からだじゅう、ふるえる気分だ」
 本当にソレージュの声はうわずっていた。
 同時に弥生も緊張していた。
 王の手が弥生の背後に回って、彼女の髪の毛をかすかに触っているのが伝わった。
 弥生が腕や手の位置を変えるたびにするきぬずれの音、ソレージュが足を組みかえる靴底の音、噴水の流れる音に加え宮廷のどこからか聞こえてくる女性たちのなごやかな笑い声。夜空にはすばらしくきれいな満月だ。
 このように、ふたりだけの空間は、人のこころを迷わすような雰囲気に包まれて、弥生はうっとり酔ってしまっていた。
 さっきはよろめいたソレージュではあったが、今では気をとりなおして、王者の品格にふさわしく、
「わたしのこころは、ふるえてどうしようもないのです。あなたのためになら、惜しみなくすべてを捨てましょう」
 ソレージュは、自分の足に弥生のドレスの絹がふれるたび、電流が走る思いがした。
「ソレージュ……わたしも、永遠にあなたとともにいます」
 弥生は感無量となり、かわいらしい声でもって、ついにアメリカの流行歌の歌詞をそのまま口にしてしまった。
「ほんとうなのですね! ヤヨイ、もし愛してくだされば、わたしはしあわせのあまり、狂ってしまうかもしれません」
 ソレージュの情熱は今にも炎上してしまいそうだった。
「いつも! ソレージュのことは、いつも、わたしのこころにありますから!」
 弥生は無責任にも口走ってしまった。
 ソレージュは弥生を抱き寄せたくなるのを必死でおさえて、
「おお、ヤヨイ、信じていいのですね」
「ここ……」
 と言って、弥生は胸の谷間に手を置くと、
「このこころの奥深く、大切なところに、いつも永遠に陛下はおられます」
 弥生が言うと、ソレージュの腕は彼女を抱いて、口づけしようとした。
 ソレージュの顔が近づくと、弥生は全身の力が抜けてしまい降参してしまった。
 ところが、
「陛下! 陛下!」
 と呼ぶ声で中断されたのだった。
「ヤヨイ、明日もこの時間に!」
 王はそれだけ言うと声のほうへと駆け出して行った。
 ―隠れて見ていた葉月とサツキが、呆然とたたずむ弥生の肩を叩いた。
「本気になるなよ」と、葉月。
「図師似の、いい男だもんね」
 ニヤけたサツキは仕方ないというような調子だった。

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