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  • 2020.01.10 Friday
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十五 ソレージュの宴

 エリンギというきのこから名前をとりました。

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■ 十五 ソレージュの宴
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 ―春の夜は暖かく庭には虫がまだ出ていなかった。
 宮殿では、たくさんのかがり火が庭園のいたるところに置かれている。遅咲きヒヤシンスが寄せ植えされ見事に咲きそろうあたりにくると、花の香りが、そのあたり一面に漂っていた。
 庭園は完璧で優美な装いだった。
 園の美と競うかのように、おだやかな美しさと気品をたたえた宮廷人が数多く往来する。
 その中に、サツキと弥生がいた。
 側にいる三十歳位の女性がエリンギ公爵夫人であった。髪型が、きのこのえりんぎの傘にそっくりだった。
 後に従う数人の侍女たちが、時々華やかな微笑を浮かべてのやりとりを交わしていた。
 ソレージュ王のいる『百合の間』へ通されたエリンギ公爵夫人ご一行様は、しばらく、王の声がかかるまで待たねばならなかった。大広間には、いくつも五、六人の小グループがあった。優しい声の会話でも結構にぎやかになって、部屋中いきおいが充満していた。
 エリンギ公爵夫人はサツキと弥生に顔を寄せて、
「ほら、あちらにおられるのがソレージュ陛下でいらっしゃいます。陛下がわたしたちに話しかけられましたら、あなたがたを王に紹介いたしますから、教えて差しあげたとおりの挨拶をしてください。分かりましたね?」
 と言った。それから公爵夫人は侍女たちと談笑を続けた。
 ソレージュ王は威風堂々ひときわ輝いていた。
 ―サツキと弥生は王を見てアッと驚いた。

  なんと! 王は図師と瓜二つだった!
 サツキは小声で弥生に耳打ちして、
「見て! 図師も来てる!」
「まさか!」
 弥生は持っていた扇子を開こうとして危うく落としそうになった。
 王は、客人に対して、日ごろからの感謝の念や、家臣の働き振りに対して賞賛の態度を示しながら、王室の人らしい立派で気品のあるものごしだった。
 ソレージュがエリンギ公爵夫人に声をかけた。
 サツキと弥生は王の顔を穴が開くほど見つめていた。
 王といえども耐えられなくなり、
「凝視されるというのは、しかも女性に見つめられるというのは、少しは快感ではあるが、なんとも言えず、気恥ずかしくもなるものだ。あなたがたは初めて会う方たちだが?」
「陛下、ご無礼をおゆるしください。数日前にビーアからはるばる都にやってきた、宮廷には、まだ、なじんでいないものたちにございます」
 公爵夫人は頭をたれた。
「そうであったな。新しい侍女を召しかかえられたとか」
「こちらがマリー・サツキ・ド・ラ・ビーア嬢」
「神の平安が、陛下とともにございますように!」
 と、サツキはお辞儀した。
「こちらがアンヌ・ヤヨイ・ド・ラ・ビーア嬢」
「神の祝福が、陛下とともにございますように!」
 と、弥生もお辞儀した。
 エリンギ公爵夫人は華やかな調子で、
「ふたりは姉妹でございます。弟がおりましてエリンギ公爵に仕えております。ラ・ビーア子爵はダリアン・ド・ラ・シャーウッド伯爵の親戚で、伯爵からの推薦と切なる希望でございます。お若い方たちの容姿の美しさにふさわしく、内面からあふれ出る気品を身につけてほしい、と期待されておられます」
「ラ・シャーウッド伯爵はご健在か? マックダリアン伯爵は今をときめく活躍ぶりだが。お父上もさぞお喜びであろう」
「はい。かつての勇敢な銃士ダリアン伯爵は、ご子息のマックダリアン伯爵を、この上もなく、誇りに思っておいででしょう」
 公爵夫人は羽のついた扇子をゆっくりとなびかせた。
 王は満足そうにうなづいて、
「ほんとうの気品というものは、神からくるものだ。十代のころは、常々、それにあこがれたものだったが……」
 と言って、王はサツキと弥生をジッと見つめた。今度はふたりが照れくさくなる番だった。
 それから、王は次に待っている人たちのところへ行ってしまった。
 こうして、サツキと弥生は王との謁見をすませ、エリンギ公爵夫人に連れられて『百合の間』をあとにする。
「そっくり!」
 サツキは腕組みをした。
 公爵夫人がサツキのそばに来て、
「およしなさい。腕組みは男性みたいです」
「すみません……それから先ほどは……王の前でも失礼な振る舞いをいたしました。公爵夫人に、ご迷惑が、かかってしまわないでしょうか?」
「そんなことありませんよ。王は何か楽しんでおられるご様子でした。けれども、なるべく早く宮廷人らしくふるまえるように、慣れてくださいね」
 サツキは公爵夫人にお辞儀して、そのまま夫人が先頭を歩くようにと立ち止まった。
 そこへ、エリンギ公爵とマックダリアン伯爵が葉月とやってきた。彼らも王との謁見をすませて庭園を散歩していたのだ。
「葉月!」
「サツキ!」
 サツキと葉月は喜びいさんで歩み寄った。
「弥生は?」
「ここよ」
 そう言う弥生はお菓子を手にして現れた。弥生はそれを葉月とサツキに渡すと自分のお菓子を取りにどこかへ消えた。
「図師くんだよ。見た?」
 サツキは葉月も王に会ったのかどうか確かめた。
「驚いたよ! だが図師より年上だ」
「あとまた、舞踏会が始まるってよ。そんとき、会えるかも」
「うん。それより、バレーショ山」
「何か分かったの?」
「地図で見た。サラマンドラの話も聞いた」
「サラマンドラ?」
「伝説の火を吐く竜らしい」
「伝説か……扉の場所を知ってるとか?」
「そこまでは分からない。王が栽培している薔薇の花びらを、レッドリバーに投げ込むと、サラマンドラが復活して、パール王国を救う、という話だ。王室のエンブレムがサラマンドラと薔薇なんだ」
「ふうん。なんだか、あまり関心ないけれどその話は覚えておこう。こっちはなんの情報もなし……」
 ―舞踏会の時刻が迫ってきた。壁や柱にすずらん模様をふんだんに取り入れた『すずらんの間』では、この日を楽しみにして、ダンスの稽古に励んだ貴族たちがぞくぞくと集まった。ダンスのうまい王もその一人である。
 ダリアン邸で付けやいばのようなダンスを習った葉月たちも参加することにした。あまり高度なダンスではないので、見よう見まねで踊れる自信があったのだ。
 やがてソレージュ王と王妃が手を取り合って入室してきた。踊っていた貴族たちは踊るのをやめ、拍手でふたりむかえた。貴族たちは部屋の隅にしりぞいた。そして広間の中央があいた。王と王妃は一曲ほど優雅な踊りを披露した。そのあと合図したかのように再び踊り手の貴族たちが、広間に散り音楽にあわせ踊りはじめた。
 たくみな王はいろんな女性たちと踊った。
 しばらくすると、王妃が退出してしまった。
 王妃がいなくなると、ますます、王は情熱的に踊り狂うようになった。
 サツキと弥生も王と踊る羽目になった。宮廷デビューの新人に王の手が伸びると、
 ジェラシーのまなこを向ける婦人方が多くいた。
 なんとか、かんとかサツキはそつなくステップをこなせた。
 自分の侍女がうまくやるので公爵夫人は満足顔でほほえんでいた。
 さて弥生の番になった。弥生は基本的なポーズでお辞儀して王と対面した。ソレージュ王は、熱帯楽園の奥地に住む美しいオス鳥のごとく勇ましく、素朴でやさしいメス鳥に求愛するように、情欲的な思いのたけをこめて、弥生をリードする。弥生も自然と王に合わせて大胆にも挑発的になりながら、その魅力を罪深いほど無防備にまき散らせ舞っていた。
 図師がまさに王子どころか王になって目の前に現れている。
 そばで見ていた葉月はうっとりと夢見る人のようになって、自分が弥生であればいいのにと、心から思っていた。
 サツキが葉月の様子に気づいて、
「あのう……弥生さんはステキですね。ひょっとして妬いてる? 弥生の気持ちは、こんなことくらいじゃ変わることないと思うけど……」
 と遠慮がちに言った。
「あっ、いや……」
 われに返った葉月は顔をひきしめた。
 サツキは胸に手をやりながら、いつもとは違った調子で、
「王様はすごいや。圧倒されてしまったよ」
 と言い、よろめくような姿勢をわざとする。
「ダンスの名手だな」
「王は浮気もの? 王妃は妬いてたね」
「どうかな? 宮廷にはつきものの、単なるお遊びなんでしょ」
 そう言いながら、葉月は王の姿を目で追っていた。
 そのとき、公爵夫人が、葉月に手を差し出して、踊りの相手をするようにと誘った。
 そして驚くことに、葉月はしなやかに夫人をリードして踊れるのだった。ほとんど即興でデタラメのステップではあるが、夫人にはことのほか受けた様子で、笑顔がはじけ飛んだ。周りの人たちも、ふたりのほほえみを誘うような踊りに刺激されて、どんどん情熱的で競うかのようになっていく。まるで、彼らはこれが正統派の踊りだと言いたいばかりに。
 ソレージュが葉月に気づくと、いっしょに踊っていた弥生の手を離し挨拶を軽くすませると、ひとりで舞い始め、やがて葉月たちに近づいてくる。
 葉月と夫人は踊り続け、そのふたりの回りを衛星が回るようにぐるぐるとソレージュが舞っていく。
 周囲の踊り手たちは三人を見守るため踊りをやめてしまった。
 三人の舞はとても好感もてるのだが、どことなく色欲的だった。現に葉月はソレージュに誘いかけるような熱い眼差しを絶えず送っている。葉月は、夫人があいだに立ってなかなか王を寄せつけるわけにもいかないので、結果、じらされることになり、ますますダンスに拍車がかかった。ついに、ソレージュは公爵夫人の手をとってしまい、ふたりはくるくる舞うと、弥生のいるところに、今にも息切れして倒れそうな夫人を落ちつかせ、王は葉月のそばに並んで、自分と同じステップを踏むように葉月をうながした。
 さあ、ダンス伝授と競演の始まり始まり!
 演奏される音楽は指揮者によってあおるように続けられ、力強いソレージュと繊細だが確実な葉月のステップは、あふれ出るエネルギーで、それは迫力ものであった。観客は手拍子しながら喝采する。
 当然のことながら貴族のご婦人方の目はソレージュと葉月にくぎづけになってしまった。
 そして、マックダリアン伯爵の目もきらりと光るのであった。

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