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  • 2017.01.08 Sunday
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十四 練兵場兵舎

 伯爵低から宮殿に向かいます。この世界で生きていくのでしょうか? このおはなしを最初から読んで見たいと思われる方は、左のcategoriesから、『パール・ストリングス - 小説』に入って、さかのぼってくださいね。よろしくお願いします。

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■ 十四 練兵場兵舎
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 ―マックダリアン伯爵の率いる馬車数台。その前列の馬車に三人は乗っていた。
「します、されます、いたします。思います、お思いになられます、存じます。知っています、ご存知になられます、存じます。食べます、召し上がります、いただきます……」
 サツキはぶつぶつと繰り返していた。
 サツキと弥生は、ダリアン邸では作業着のダブリエを着ていたが、今日は絹とジョーゼットのドレスを着て、その上にケープをはおり、すっかりパール国人らしくなっている。高校生姿の彼らに比べずいぶんと落ちついてみえた。
「サツキは勉強熱心ね。あっ、マリー・サツキ・ド・ラ・ビーア嬢と呼ばなきゃならないんだっけ?」
 弥生はいつもながら感心していた。
 サツキはダリアン邸で学んだことを復習しているのだった。紙に書いたものをビリビリに破いて、
「うん、これで覚えたことにしておこう」
 そう言って、サツキは、弥生を、正式な名前で呼びかけ、
「アンヌ・ヤヨイ・ド・ラ・ビーアさん、他に文字の書いた紙は持ってない? わたしたちの世界の文字を人に見られないように、と厳重に注意されたものね。それにしてもパール国の文字。だいぶ覚えたけれど、おとなの書くものは、てんで読めない」
 サツキは不安な顔色を示した。
 のんきそうな弥生は馬車の窓から外を眺めていた。
「サツキはスポークスマン。わたしはなんだろ。ホームシックのぼやきマンか? あの太陽、二つもあるなんてやだ。ああ、Sの苺ケーキ食べたいなあ……」
「太るよ」
「季節限定の苺だいふく食べた?」
「食べなかった」
「わたしも。こんなことなら食べておけばよかった。生クリームたっぷり!」
「宮殿に行けば、また、おいしいものにありつけるさ。ドリアン家のデザートもすごかったじゃないか」
 と、葉月が横から口をはさむ。細い手でマントの留め金をはずして首もとをゆるめると、中から刺しゅうのある派手なレース襟がのぞいた。
 パール国は身分上下の違いが厳しい。『男らしさ女らしさ』を求めての厳格なルールが設けられている。葉月はそれを聞かされていたので、恐れをなして、なるべく男らしく振舞おうとしていた。女装でもしようものなら牢屋に入れられ、鞭打ちの刑は免れない。顔にも傷跡が残るように故意に打たれるのだという。
 葉月は、サツキと弥生とは血がつながっていて腹違いの弟、ジャン・ハヅキ・ド・ラ・ビーア子爵、と称していた。この子爵は、女の子になりたい願望を、以前よりも、深く深く胸の底に秘めたまま、憂い顔で口元をきりりと結んでいるのであった。

  ―馬車は建物が立ち並ぶ街並みへと入って行った。練兵場の前で馬車は停車した。
 広場では銃士たちが隊列を組み銃を構えて的に向け発砲した。
 大きな銃声音が鳴り響く。
 馬上の人マックダリアン伯爵が門を通って入っていくと、銃士たちは剣を抜いて敬礼の姿勢をとった。大きな建物の前まで行った伯爵は、馬を降りてその中へ消えてしまった。
 それから、伯爵がエリンギ公爵の手紙をたずさえて戻ってくると、
 葉月は馬車から降ろされてしまい、
 サツキと弥生は手紙を受け取り、そのまま、馬車に乗って連れて行かれることになった。
「マリー・ラ・ビーアさんとアンヌ・ラ・ビーアさんは宮廷に住むエリンギ公爵夫人に仕えるように。わたしとは、ここでお別れだ。その渡した書簡を夫人に渡しなさい。王の宴が近々開催されます。そのときにジャン・ラ・ビーア子爵を連れて行きます。では、ラ・ビーアのお嬢さん方、ごきげんよう!」
 と、マックダリアン伯爵は言って馬車の扉を閉めると、
 弥生が窓から身を乗り出して、
「元気でね」
 それだけを告げた。両思いの恋人同士ではないのだ、やむをえず、その感情を抑えるのだった。
「葉月、うまくやれよ!」
 サツキも言葉をかけた。
「覚悟できてるよ」
 葉月はりりしく答えた。
「覚悟って……?」
 心配顔のサツキはたずねた。
「いろんなこと。切り抜けるしかないだろう。おれは男として乗り切ってやる!」
 多少捨てばちの葉月だった。
「縄での駆け上がりは止めたほうがいいよ」
 弥生が言うと、葉月はがっくり肩を落として、
「エリンギ公爵の秘書見習いで行くんだよ」
 そう言う葉月の声は甘えたような言い方だった。
「国語の辞書持った? 自作の言葉対応表も?」
「持ってる。ああ。そっちも男にもて遊ばれないように気をつけて!」
「近づくものなら、近づけばいいんだよ。こちらがもて遊んでやるから!」
「からいばり!」
「確かにね……。バレーショ山へ行く手がかりがつかめるといいね。Sのお菓子の方がおいしいに決まってるんだから」
 弥生の目は涙でにじんだ。
「コスプレパーティーに誘ったこと、ごめんよ」
 と、葉月はしんみりと言った。
「きっと帰れる。最後まで残るのは希望なのであって絶望じゃない」
 と、サツキは葉月の受け売りを言った。
 葉月は、サツキと目が合うと、ほほえみ返した。
 ―さて、ふたりと離れ離れになった葉月は、当面の間、エリンギ公爵の仕事を手伝うようになった。練兵場兵舎にある書庫を管理するのが葉月の役目だった。パール国の文字を学習するのに大いに役立ちそうである。ダリアン伯爵邸では、しゃべり言葉の音がどう文字と結びつくのか最初は戸惑ったが、こうして慣れてくると習得は早かった。
 豊富な書棚だった。
 パール国王家の紋章がよく目立つところに埋め込まれていた。葉月はその前に立ってしばらく眺めていた。紋章は火を吐く竜と薔薇の花でデザインされていた。
 先輩格の若い青年ピエールが葉月に近づいてきた。
「こんばんは。ラ・ビーア子爵、仕事はお覚えになられたかな?」
「はい。ご親切なご指導で、ありがとうございます」
「毎夜、遅くまで残って残業をされているとか」
「国にいる頃は遊んでばかり。国語が苦手なものですから、おさらいしなおしております。仕事でさしつかえが出てもいけませんから」
「ごくろうさま」
「どうも」
 葉月はピエールのねぎらいに礼をした。
「王家の紋章が気になるのかね?」
「こうしてじっくり見たのは久しぶりです」
 葉月は、初めて見る紋章が王家のものだと理解しながら調子を合わせた。
「サラマンドラの伝説、ビーア地方でも語り継がれていただろう」
「幼い頃に聞いた記憶が……」
 葉月は冷や汗をかいていた。葉月がそれ以上何も言わないので、
 ピエールは書棚から歌本をとり出して歌い始めた。

 王のこころは薔薇の園
 真紅の花を咲かせたり
 見事な花を咲かせたり

 それを差し出す恋人はだれなのか?
 王のこころを射止めるそなたなり
 それを摘み取る恋人はだれなのか?
 王のこころを射止めるそなたなり

 さあ花びらを投げてみよ
 レッドリバーに投げてみよ
 サラマンドラがよみがえる
 火を吐きながらよみがえる

 勇者を背にして空を飛ぶ
 火を吐きながら空を飛ぶ
 北はゲンツァーイから
 南はバレーショまで

 神に愛される麗しのパール
 わが愛する祖国パール
 サラマンドラで戦って
 サラマンドラで救われたり

 ピエールが歌い終わると、葉月は拍手をして、
「すごくいい声されてますね。それに歌も、とてもお上手で」
「歌は好きかな?」
「ええ……でも歌うのじゃなく聞くのがすきです」
 葉月の歌も相当うまかったが、パール国の歌で、なにか歌えと言われると、困ることになるだろう。用心深い葉月であった。
「ところで、パール・ストリングスについては、どう?」
「はあ……」
 葉月は分からないことだらけ。今度は沈黙してしまった。
「きみは、寡黙なんだね。そういうところが気に入った」
 愛想のいいピエールは続けて、
「パール・ストリングスなど馬鹿げている、と、やはり思うかい?」
「ええと……」
「子供だまし! そう言いたいのだろう。人間が神の操り人形で、わたしたちの体には、天からたれさがる操り糸がついている。ほんとうにそうかな? 実はね……。わたしは、半分、信じているのだよ」
 葉月はテレビで見た映画のセリフを思い出して、
「人間は神の楽器、ハーモニーをかなでる神の道具ですか?」
「ほう? しゃれたことを言われるね」
「すみません。深い意味はよく分かってません。忘れてください」
「はは。今度『おんどり亭』で食事をしましょうか?」
「いいですね」
「では、お先に失礼」
 ―ピエールがいなくなると、急いで歌本と地図の本を取り出し、レッドリバーとバレーショの位置を確認した。バレーショは確かに南方下遥か遠くにある。レッドリバーは市街地の近く東に流れていた。距離はコンパスで測ってみると約五キロだ。徒歩圏内である。


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