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  • 2020.01.10 Friday
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十二 ぶどうの実

 ようやく、三人は食べ物にありつけます。大変な状況にいても彼らは若い。三人のやりとりが、ここでも味わえます。

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■ 十二 ぶどうの実
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 ―へとへとだった。限界だった。
 山のふもとにたどり着くと、木立の間の地面には柔らかな草が生えていて、きれいな温泉がわき出しているのを見つけた。温かい湯が心地よい。
 三人は倒れるように横になった。大地が割れて飲み込まれても、そんなことはもうどうでもよかった。ひたすら休みたかった。
 誰も口を開かない。弥生が寒いと言い震え始めた。サツキは弥生を抱いて温めてやる。空の二つの太陽はお互いの距離を一定に保ちながら地平線へと傾きかけていた。茂みの向こうに降りてきた山から続く道があった。もちろん、その道の先を行こうにも、一歩もいけないほど疲れきっていた。
 それでも、葉月がよろよろと立ち上がり、
「何か食べ物がないか探してくる」
 そう言って道のほうへ出て行った。
 サツキと弥生は無言のまま目で見送った。声を出す気力もなかった。しばらくすると、ふたりは気を失うようにして眠っていたのだろうか、誰かが顔を叩くので、サツキがまず目を覚ます。続いて顔色の悪い弥生が目を開けた。
 葉月がたくさんのぶどうの実を抱えて戻ってきたのが分かると大喜びである。毒味は葉月がしてみたと言う。生きてここまで帰れたのだから、このぶどうは食べても大丈夫だと保障した。ピオーネのように大きな粒はおいしそうだ。サツキも弥生もむさぼるように食べた。アッという間に平らげてしまった。
「まだ、ほしい」
 と、サツキが立ち上がると足もとがふらついた。
「また、地面にヒビか?」
 そう言う弥生の顔色はいくぶんよくなり赤くなっている。
「おっと、このぶどうはアルコール成分が含まれてるんだ」
 葉月の声は酔っ払いのそれになっていた。
 三人は、けらけら笑い始め、これまでのいろんな出来事を回想し始めた。笑うかと思えば泣き出したり、ひとしきり、にぎやかな調子でふざけあった。
「もう少しとってこようか?」
 葉月は採集した場所でかなりの量のぶどうを食べてきたのか、赤いどころか顔面蒼白になって目がすわっていた。
「採ってこなくても、そこまで、みんなが行こう」
 と、サツキは言った。

  ―泉の場所から少し離れたところにぶどうの木が群生していた。手入れはされていない自然生えだ。大きな房をいくつもつけていた。
 太陽は傾いていよいよ夕方の寂しさが迫ってくる。その不安をかき消すように、三人はぶどうの実を食べた。おなかが満たされるのとほろ酔い気分とで陽気な気分になれた。
 弥生はすでにダウンで寝てしまう。葉月は物思いに沈んだようになっていった。慎重なサツキはアルコールでつぶれては大変だと食べるのをやめてしまった。
「明日の朝になれば現実に戻れるかな?」
 うつろな表情でサツキは言った。
「現実はこのままだ。目が覚めてもこの場所にいるんだ」
 葉月はまたひとつぶどうの実を口に入れた。
 サツキは、これから起こりそうなことを仮定し話し始めた。
 これから夜のとばりがおりて、寝ていて知らない間に地割れが起きて穴に落ちてしまう。または、運よく人に出会ったとしても、それは悪人でいろんな辛い目に合わされる。たとえば、男の葉月は奴隷として働かされ、女の自分たちは売春を強制されて、みんな散々な目に合わされる。あるいは、この森の中で一生さまよいながら暮らして……
 葉月は相づちもうたず黙って聞いていたが、サツキの見解が終わると、
「すべて悪いことづくし。いざピンチになるとすばやい判断でリードできるきみが、もっと明るい希望が持てないものか?」
「希望なんかあるわけないし! 昼間の災害。わたしたちを散々いじめるようなこんな世界? スーパークールのばかばかしさ! ほんと絶望! こんなハラハラしながら生き続けるなんて! 女には耐えられない!」
「気が短いなあ。結論早すぎ」
「いつも悠長にかまえる葉月、あなたなんかに女の気持ち分かってたまるものですか」
 葉月の瞳に一瞬いなずまが走ったが、
「うん。わたしは男だからね」
 と、あっさり葉月は言った。そして、ぶどうの実をまたほおばる。サツキは少々あきれ顔で、
「女は冒険心あふれることより、やさしい気持ちで、ゆっくり恋など楽しむほうが似合ってるの」
「女は恋が好き? 相手が男だろ?」
「そうよ」
「恋を楽しむのは男もしかりだ。両思いになればさぞかし幸福の絶頂だろうな」
「あなた、恋したことあるの?」
「さあ……」
 葉月はぶどうの実をいくつもたてつづけに口に放り込むと、
「図師は小説から引用して言ってたな『彼女はいないし持ちたいとも思わない』」
「機会さえあれば、いろんな女に次々と狂って、感情がかき乱されて困り果てる、そう……惚れやすい男性の、独り言でもなんだっていいじゃん、自分に言いきかせて、気持ちを落ちつかせたいって……そういうのでしょ」
「……鋭いな、サツキ」
 葉月はサツキの顔を見て微笑んだ。
「わたしは容赦なく鋭いよ。だから絶望はいやなの」
「鋭い女性の気持ちは分からないね。頭が回転すれば、様々なことを想定して取り越し苦労するかもしれないが、あまりいやなことを想像しすぎるのもよくないよ」
 葉月はニヤリと笑いそうになった。
「あなたは、時々、なんでも分かってるような口ぶりするよね。それなら、わたしが希望をもてるように励ましてほしいもんだわ」
「先ほどの解釈だけど……」
「これから起こりえること?」
「それは後回し……彼女はいないし持ちたいとも思わない……について」
「ああ」
「ひとりの人を心から強く恋い慕っていたけれど、片思いかあるいは裏切りで、ハートが敗れた人の気持ちじゃないかと……今後は恋など絶対しないという強い決心の表れ」
 葉月は酔っている様子なのに気品と威厳のある気構えを保ちながらそう言った。
「へえ……」
 サツキは大きく美しい目を見開いた。人間性悪説に傾きがちな自分の発想が葉月によってくつがえされたのでサツキは不思議と慰められた。
「最後まで残るのは希望なんだとさ。絶望じゃないらしい」
 と、葉月が言う。あたりは夕闇が迫ってきた。気温もさほど下がることもなく生暖かい。大きな満月が光っている。クレーターが肉眼でも確認できるほど大きい月だ。月光がやさしく闇を照らしてくれるのでサツキはホッとした。希望を象徴しているようで、いつまでも、サツキは月を見上げていたかった。
 ―翌朝、寒さで目が覚めた。地面はしっかりと固かった。三人の仲間は生きている。
 だが、弥生の様子がおかしい。額に手をやるとすごい熱だ。
「体を温めるものもなにもない。葉月、手伝って。温泉場で陽の光がよく当たる場所に弥生を移動させよう」
 と言って、サツキと葉月は両方から弥生を抱え昨日の泉の所まで連れていった。
「うがいさせなきゃ。風邪のウイルスに感染したかも」
 と、葉月は言った。
「水を汲むものだって何もないよ」
 サツキは途方にくれた。すでに弥生は横になって動けない。とにかく手と顔を拭いてそっとしておくしかなかった。
 その間、葉月はまたぶどうの林に戻った。よく熟れてうまそうなものを摘み取っていく。と、背後から声がした。
「―女か? そんなところでなにをしているのだ?」
 振り向くと、髪の長い老人が立っていた。身なりが立派で腰には刀と背中には狩猟用の弓矢があった。犬を二匹連れている。そして、老人の後ろから十歳にもならない小さな少年が恐る恐る首を出し葉月を見ていた。
「ここのぶどうはうまいからな?」
「はい?」
 驚いた顔の葉月は目を丸くしていた。そして、態度を変え軽くお辞儀をした。
 老人も、礼儀正しく葉月に会釈を交わし、
「どうやら先を越されたようだな」
「あ、これ、差し上げますよ」
 おどおどした葉月は急いで抱えていたぶどうを老人の前に差し出した。
 少年がたくさんなっているぶどうの実からひとつをちぎって食べようとすると、
「ならぬぞ! 子供が食べてはならぬ!」
 老人のことばで少年は手を引っ込めた。
「この秘密の場所は、わたししか知らないと思っておったが……。ふむ……変わった身なりだな……なんだ男か? この土地の者ではないようにお見受けできるが? 外国の人か?」
 低く太い声の老人はボロボロ状態の葉月を見つめた。
「旅をしています。この森で迷いました。ご承知のように、地割れが激しいこの地方ですから、慣れないもので怖くて逃げて参りました」
 おびえる気持ちを押さえながらもこんな言い方をして、葉月は相手が地割れについて何か知っているかどうか確かめたいと思った。
「地割れ?」
「はい」
「地割れなど生まれてこのかた見たこともない」
「塔のような小高い山にある大きな扉とかはご存知ですか? たぶん、もう崩れ落ちてしまって存在しないと思いますが、そこを通ってここまでたどりついたのです」
「塔のような山? 扉?」
「そうです」
「この森の隅々まで知っているつもりだが、山などないし、扉とか何とか……もしや……。あなたは一人旅ですか? ひょっとして三人?」
「ええ、三人です。なぜお分かりになられたのですか? 連れのものはひとり病気で倒れています。助けがほしくて。お願いです。医者のところへ連れて行ってほしいのですが……」
「もうひとつうかがいたいが、そびえる塔にあるその扉は三つでしたか?」
「そうですよ! 三つです!」
「すると、あなたがたは神の人だ」
 そう言いながら、老人は疑わしそうな表情を見せた。
「神の人?」
「神からの使いともいう」
「は?」
「うちに伝わる預言書に書いてあるのだ。三人の神の人が現れサラマンダーを呼び覚ます。神の人はそびえる塔の三つの扉を開けて来る三人の賢者たちだと」
 老人は明かりがともったような顔で答えた。側にいる少年は蝶や虫を捕まえて遊んでいた。
「サラマンダー?」
「そうだ。空飛ぶ竜。預言書によると、体長四メートルはあるという。伝説の怪物。パール王国存続の危機を救う生き物だ」
「はあ、それについてはよく分かりませんが、マウント……ええと、芋に似た名前マウント・ジャガイモ、あっ、マウント・バレーショについて。聞かれたことがありますか?」
「バレーショ山はずっと南の地の果て。誰もそう簡単にはたどり着けない。物好きな探検家が何人か訪れては命を落としている。とても美しい山だとは伝え聞いてるが、そこへ行かれる途中だと?」
「そうです」
 葉月はためいきをついた。
「分かりました。旅人をすすんでもてなすべき、知らないうちに神の聖者をもてなしていた、というもんだ。実際、あなたがたは三つの扉を開いた神の人らしい。助けましょう」
「神の人でなかったら? わたしたちは神を知りません」
「それでもいいでしょう、困っている人を助けるのはパール国に住むものなら誰でもすることだ。近頃はパール人の中にも悪いのが増えてはいるがね。連れの人はどこです。案内しなさい」
 老人の身のこなしは軽くさっそうとしていて青年を思わせるぐらいだった。

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