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- 2020.01.10 Friday
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■ 二十三 エピローグ
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―パールで、一ヶ月も過ごしたというのに、もとの世界に戻ったら、あのコスプレパーティー会場では、時間の経過などなく、宴会の続きが行われていた。
三人の仲間は、宇宙の壷のある部屋を抜け出し、薄汚れた服を自分たちの服に着替えるため、衣裳部屋に行った。
それから、その屋敷を出た無口な三人は、自分たちの世界の町並みを、ぶらぶらと歩いた。
「明日は、葉月と図師のラブシーンの練習だな」
と、サツキは言った。
葉月は、髪の毛をかき分けて、
「ソレージュは、ほんとに図師にそっくりだった……」
たった、それだけで、
みんな各自物思いにふけっているのか、疲れているのか、黙ってしまった。
―翌日。
誰もパール国での思い出を語ろうとしなかった。
図師は、三人の様子がいつもの活気にあふれていないのを察して、
「えらく冷めちゃって、ラブシーンのとこは、俺は、東大寺先生に全責任ある、と思ってんだが? だいぶカットされたけどね」
「だいじょうぶ。緊張してるだけ」
そう言って、部長のサツキは大声で、みんなに聞こえるように、
「今から、戦いの前夜、ルズとアランのシーン行きます。ビデオの係りはスタンバイいいですか?」
「オーケーです!」
その声にせかされて、ルズ役の葉月とアラン役の図師は舞台に駆けあがる。
下はジャージその上に白いTシャツのふたりは、舞台上で軽くストレッチ体操をした。なんせ、とにもかくにも、観客を魅了するロマンチックな場面を演じなければらない。
若いふたりのエネルギーは充電完了だった。
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■ 二十二 第四の扉
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―三人を乗せたピーチは、再び空高く浮上した。
「目的地まで瞬間移動するから、少し気分悪くなるぞ。いいかい?」
「パール国の市街地の上に一度行ってよ。わたしたちが過ごした宮殿の上」
「いいね、それ」
「早く降りたいのがわたしの気持ち……うう……高いところは苦手」
「目隠ししてんだから大丈夫でしょ」
「宮殿はいいからダリアンさんとこに、早くいこう」
「ものごと始まる前から心配してんじゃないよ、葉月!」
「宮殿へ行っちゃえ」
「オオー! レッツ・ゴー!」
「ならば、行きます! ファイアー!」
「ファイアーって……銃砲みたいに……」
と、サツキが全部言い終わらないうちに、下界が変化した。
サラマンドラは、宮廷の上空に位置していた。
「すごーい!」
「ブラボー! オーサム!」
ピーチは自分のわざに喜んでいた。
「オーサムの意味わかんないし……わたし日本人」
「わたしもジャパニーズ!」
「葉月、六角庭だよ、見てごらん」
「目隠しは絶対とるものか!」
「ほら、見て! 天使だよ!」
「パール・ストリングスって、ほんとうなんだ……」
葉月は、パール・ストリングスと聞いて、目隠しをおそるおそるとった。
下界から天空のその上へと、きらきら光る糸が無数にのぼっていた。その糸をハープのように、かなでている天使たちがたくさんいた。天上の音楽が聞こえてくるかのような光景だった。
「あやつるというより、つまびいてる。きっと人間たちと呼吸を合わせてるんだよ。なんて神々しい!」
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■ 二十一 ソレージュ再度登場
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―それは、ソレージュ王と銃士たちだった。
三人の仲間は、大急ぎでピーチに乗ろうとしたが、よじ登ろうとしては、ずり落ちてしまうという繰り返しだった。
すると、ピーチが尻尾ですくいあげてくれたので、ようやくサラマンドラにまたがることができた。先頭に葉月が座り、真ん中に弥生、その後ろにサツキがいた。
「ピーチ! シャーウッドの森へ、ダリアン伯爵の屋敷へ。そこへ! ゴー!」
と、サツキは叫んだ。
「わかったぜ! まかせろっ! しっかりつかまってろよ! いくぞ!」
そうピーチが言って、五百メートルくらい前進したのち、ゆっくりとヘリコプターのように上空へと離陸していく。
「できれば低空飛行してよう!」
ピーチの立て髪をガシッとつかんでいる葉月は、目を固くつむっていた。
「葉月、だいじょうぶ?」
サツキは叫ぶ。
「なんとか!」
葉月は弱々しく答えた。
三人が乗ったサラマンドラが十メートルぐらい上昇したとき、下に目をやると、黒馬に乗ったソレージュが、隊から一人はずれて、こちらへと駆け出していた。彼は弥生の名前を大声で呼んでいた。
「待って! 降ろして!」
弥生は、かなきり声をあげた。
「だめだよ。弥生! もうあきらめて!」
サツキも負けずに鋭い声をあげた。
「サツキ! お願い!」
「なんで?」
「ソレージュに謝るの!」
「もう、いいじゃない……」
「この国の人たちは、純真だもん。わたしの言ったことを、頭っから信じてる!」
「そんなことないよ。腹黒い人たちもいる。同じ人間なのに、変わるはずないし! いやなやつだと失望する前にこの世界からおさらばするんだ!」
すると、先頭に座っていた葉月が口を挟んで、
「出た! ものごと始まる前から心配していくサツキの悪いとこ!」
「ピーチさん! もう少し高度上げてもいいよ!」
と、サツキは目をぎらぎらさせていた。
弥生は必死で訴えて、
「ソレージュは、よき王でいようとしてた。国民の尊敬の的だったじゃない」
「奥さんいるのに、浮気なんて、とんでもない!」
「浮気じゃないんだってば、本気!」
「ぐっ! 弥生のうぬぼれ! ソレージュは、ただの好色一代男。女殺油地獄」
「なによそれ! せめて源氏物語とでも言ってほしいかもっ!」
「光源氏もただのスケベ! 弥生、軽く見られるな!」
「そんな風に見てないってば! 降ろしてえ!」
と、弥生が絶唱すると、ピーチは動きを止めて空中に浮かんでいた。
「あの……行きますか? 降りますか?」
ピーチが聞いてくる。
弥生に耳元で叫ばれたサツキは、数秒の沈黙のあと観念したように、
「もう、いいよ……降りてあげてよ……」
「はいっ。さがりますっ」
ピーチは高度を下げ、やがて、静かに着陸した。
急いで、弥生は滑り落ちるようにして、サラマンドラから降りると、サツキと葉月も続いて同じようにした。
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■ 二十 サラマンドラ
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―三人が乗った馬車は、ひたすら街道を走り続け、途中進路を変えて、レッドリバーぞいに進んだ。
そして、馬車は止まった。
うしろから近づいてくる馬の足音がして、馬車の横につけると馬から人が降りた。
「いかがか?」
マックダリアン伯爵はひとりだった。
「伯爵、ごらんください。これです!」
と、葉月は薔薇を見せた。
とっぷりと日の暮れた、月光のもと、薔薇は赤く輝いていた。
「おお! 見事だ! さあ、降りなさい!」
マックダリアンの声は、はずんでいた。
三人が馬車から降りると、サツキも弥生も男装していたので、伯爵は驚いて、
「ほう……。預言書のとおり、三人の賢者は男性であったのか?」
「これから、もとの世界へ帰ります。こういう服装をしていても、おとがめはありません。動きやすいように着ています」
と、サツキは言い、弥生の代わりに、ことのしだいを話して聞かせた。
弥生は馬車にいるときからずっと口を閉ざしてばかりだった。
「さあ、川へ歩いていこう!」
マックダリアンは三人といっしょに川岸へと近づいていった。
川面には、月がうつってユラユラとゆれている。
この川のなかにサラマンドラが眠っているのだろうか、それとも、闇のかなたから飛来するのだろうか。
一陣の風が吹きわたり、期待と不安の思いが胸をよぎった。
―マックダリアンが薔薇の花をもぎとり葉月たちに分けた。三人の仲間は、花びらをちぎりながら、川に放っていった。そして花びらが川しもに流れていくのを見送った。
それと同時に、静かだった川に、波が立ち始めた。春の大嵐のように風が強くなり始めた。
「丘の上に避難するんだ!」
マックダリアンは大声で叫んだ。
乗ってきた馬車が止まってるところまで駆け上がると、息を切らして、
「あれを見てください!」
サツキが声をあげた。
川のなかから、巨大な生き物が次々とあがってくる!
「サラマンドラだ!」
と、葉月は叫んだ。
しだいに、突風がおさまり、風がやんでくると、
川面はもとのように、月をうつしだして静かに揺れていた。
弥生さん、がんばつてまふ。。。(^。^)
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■ 十九 薔薇と逃亡
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―六角庭のベンチ、弥生は座ってソレージュを待つことにした。
「ヤヨイ……」
声がした。
弥生はあたりを見渡した。夕闇のなか誰もいない。
「ヤヨイ、こっちだよ。上!」
見あげると、宮殿屋根の物見やぐらで誰かが明かりを左右に振っていた。ソレージュだ。
「陛下、そんなところで何を?」
「ここへ、あがっておいで……ヤヨイ」
「今、行くわ……」
弥生は急いで建物の中に入り、物見やぐらへと通じている階段へと向かった。
物見やぐらは、普段はほとんど使用されず、宮殿の飾りのような部屋に過ぎず、階段の入り口には金色の太い綱が横に張ってあった。弥生は、まわりに誰もいないのを確かめ、それをくぐっていった。
やぐらに入る扉を開けるとソレージュがいた。
弥生の姿を認めると、ソレージュは近づいてきた。
もう一歩、距離がせばまると、弥生は平常心を失うと思いながら、
「陛下、ごきげん、うるわしゅう拝見いたします」
そうぎこちなく言って、お辞儀をした。
ソレージュは、聞いたこともないような挨拶に、少し笑って、
「なんだ、『陛下』とは、かたくるしい。『ソレージュ』と呼んではくれないのか?」
「はい、ソレージュ様」
「『様』……それもいらない。昨日とはうって変わって、よそよそしいのだな」
「こ、ここは、明かりがあるから……」
弥生の声は、ソレージュの身のこなしや話しぶりに気おされた。また、これからおこることを瞬時に想像して少しふるえていた。それから、しばらくのあいだ目をつむり、かすかに息を吸いこむと、葉月に言われたとおりの姿勢をとって、
「ソレージュ」
と呼んでみた。
ソレージュ王は、ほほえんで弥生を見つめ、彼女の手を握ってきた。
葉月くんは、弥生の気持ちにストップかけて、自分の内面性を告げますよ。
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■ 十八 葉月のカミングアウト
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―葉月は思い出していた。マックダリアン伯爵が言ったことは、
「わたしはきみの言ったことを信じる。預言書によると、なんと、おそろしい。王は薔薇が奪われると、しだいに、人が変わったように、恋人を憎むようになるだろう。殺されるかもしれないほどだ。もし、薔薇を奪うことができれば、今夜だな、馬車は用意する。逃がしてあげよう。もちろん、薔薇は王の手に戻っても、レッドリバーに投げ込まれるであろうが。王の手のひらから薔薇を摘みとれるのは、恋人にしかできない。とにかく、サラマンドラは何頭か知らないが、よみがえらなければならない。もし、きみたちが薔薇をとらなくても、別の者が現れ、この役割をするであろう。パール国がサラマンドラを操るのだ。ハヅキ、これは宿命なのだよ。父とわたしはきみたちに賭けたのだ。幸運を祈る!」
練兵場をあとにして、馬車の中で、葉月は考え込んだ。
(今夜、ほんとうに、王は六角庭に来るだろうか。薔薇はまだ咲いているのだろうか。今夜だ! 先のばしなどできない。王もそれを望んでいる! 鉄は熱いうちにたたけ!)
葉月は、サラマンドラをよみがえらせるのが、自分たちの使命のように感じてくるのだった。バレーショ山には、なんとしても行かなければ、もとの世界には戻れない。一生かかってバレーショに向かいながら、さすらいの旅人になって、途中、世界の果てで命つきて死んでしまうより、飛行できるサラマンドラに命じて、そこへ行くほうが確実だ。だが、高所は耐えられるのだろうか。
「地面すれすれを低空飛行するように命じればいい!」
と、葉月はひとりごとを言った。
―宮廷に帰ると、早速、葉月はエリンギ公爵夫人宛に手紙を書いた。
本日午後から体調がすぐれず部屋にふせっております。
姉たちの見舞いを受け、顔を見て話でもすると回復するような気がいたします。
サツキとヤヨイを、午後から、わたしの部屋に来るよう許可をおあたえくださり、
その旨をお伝えしてくださると感謝に存じます。ハヅキ
春の庭園。ちょっぴりロマンチックなんです。
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■ 十七 六角庭
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―葉月は書庫の仕事が忙しくなった。
サツキと弥生はエリンギ公爵夫人の雑用に追いまくられていた。
ソレージュは連日の会議に追われてサロンには現れなかった。
「Sのチョコケーキ食べたいね」
弥生はサツキにぼやいた。
「ソレージュはどうなったん? 晩餐会以来なんの音沙汰もなし……」
そう言いながら、サツキは山ほど高く積まれたドレス一枚一枚にブラシをかけていく。
「わたしたち根無し草だよ。ラ・ビーアなんて名乗ってて、いつかビーア地方になんのゆかりもないことが分かったら、おとがめ受けてひどい目に合わされるにちがいないんだ。いろんなことをあいまいにして、ふりをするのも疲れちゃった」
「マックダリアン伯爵はどういう意味で宮廷に連れてきたんだろう?」
「あの人にも責任、かかるというのに……」
「お父さんのダリアン伯爵が相当の持参金というか、わたしたちの生活資金を持たせてここにあずけたんだ」
「うん。ねえ、マックダリアンさんに会ってみようよ。サツキが葉月に手紙書いてよ。わたしは、書く文字、よくわかんない。手紙は伝令係に渡せばいい」
弥生に賛成してサツキはペンを走らせパール国の文字ですらすらと書いた。
お元気ですか。お目にかかりたいのですが、いつがよろしいでしょうか。サツキ
―午後過ぎには葉月から返事が届いた。
本日、六角庭ジャスミンの柵で六時に待っている。葉月
「あはは。見てごらん。葉月のとこだけ漢字で書いてる。花まるで囲ってあるし!」
そう言ってサツキは愉快になった。
「なんて書いてあるの?」
「弥生、このくらい読めるでしょう?」
「読めない……受けつけないの」
弥生の目に涙がにじんだ。ホームシックが色濃く現れていると感じたサツキは、
「うん。早く帰れるように、がんばろう」
と言って、夕方、葉月に会えることを告げると、弥生はとても喜んだ。
ここで、登場するサラマンドラなんですけろ・・うちのピーチがじつわ・・モデルなんです。www
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■ 十六 王の園
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―その後、葉月は宮殿の書庫に配属となった。マックダリアン伯爵が命じたのだった。
これで、葉月は、サツキや弥生のいるエリンギ公爵夫人の居間に、暇さえあれば入り浸るようになった。先日の宴で人気をかっさらった葉月は、侍女たちの好意を得ることができた。また、サツキと弥生は葉月の姉ということで、たちまち、彼女らによって優遇されるようになった。つまり、居心地よかったわけだ。
連日、何かの用事を作っては、エリンギ公爵夫人の居間に来る客人が自然と増え、王妃や他の女官たちの居間よりも華やぐようになった。夫人は内心とても喜んでいた。宮廷内で人気を勝ち取ることは、敵対するものも多くなるとはいえ、資金や情報の流れも多くなり、女官として時には政治的なことに関わるものとして、好都合なのことであった。人気イコール力だった。
公爵夫人は余興を考えるのに大忙しであった。訪問者を今後もつなぎとめておくために、いろんなことの約束をとりつけていった。すなわち、賭け事のカード遊び会をしたり、楽師を呼んで演奏会や舞踏の練習をしたり、詩人を招いて朗読会を催したり、客人を喜ばせることなら何でもした。夫人は足りないとみたイベント開催資金は、莫大な私有財産から思う存分支出することができた。
そして、ソレージュ王までもが公爵夫人のサロンにやってくるようになった。
お目当ては弥生だった。王妃を伴うことは一度もなく、あきらかに弥生目当てなのは明らかだった。いつも弥生の側にいて離れない。弥生の側には葉月とサツキもいる。なごやかな四人の気の合うムードは最良で会話は絶妙であった。ソレージュは図師より四歳年上だが三人を友のように接していた。彼らが上流社会の言葉になれていないことを、王は気にする風でもなく、むしろ、「愉快でかわいい」とさえ言って楽しそうにたわむれていた。
これまで王と同じ年頃の貴族もお供としてやって来ていたが、公爵夫人のサロンの空気になじまないのか、しだいに遠のくようになった。王の気まぐれはいつものことで、すぐに恋心は別の女性に向くだろうと、ほとんどのものは何も気にしていなかった。
三人の仲間のうち、やはり、おしゃべり好きなサツキが話しているときが多く、
続いて葉月。
弥生はうなずいてばかりいた。従順な様子で、時々笑みを浮かべ、情熱のまなざしを向ける。弥生はこの繰り返しだった。
エリンギというきのこから名前をとりました。
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■ 十五 ソレージュの宴
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―春の夜は暖かく庭には虫がまだ出ていなかった。
宮殿では、たくさんのかがり火が庭園のいたるところに置かれている。遅咲きヒヤシンスが寄せ植えされ見事に咲きそろうあたりにくると、花の香りが、そのあたり一面に漂っていた。
庭園は完璧で優美な装いだった。
園の美と競うかのように、おだやかな美しさと気品をたたえた宮廷人が数多く往来する。
その中に、サツキと弥生がいた。
側にいる三十歳位の女性がエリンギ公爵夫人であった。髪型が、きのこのえりんぎの傘にそっくりだった。
後に従う数人の侍女たちが、時々華やかな微笑を浮かべてのやりとりを交わしていた。
ソレージュ王のいる『百合の間』へ通されたエリンギ公爵夫人ご一行様は、しばらく、王の声がかかるまで待たねばならなかった。大広間には、いくつも五、六人の小グループがあった。優しい声の会話でも結構にぎやかになって、部屋中いきおいが充満していた。
エリンギ公爵夫人はサツキと弥生に顔を寄せて、
「ほら、あちらにおられるのがソレージュ陛下でいらっしゃいます。陛下がわたしたちに話しかけられましたら、あなたがたを王に紹介いたしますから、教えて差しあげたとおりの挨拶をしてください。分かりましたね?」
と言った。それから公爵夫人は侍女たちと談笑を続けた。
ソレージュ王は威風堂々ひときわ輝いていた。
―サツキと弥生は王を見てアッと驚いた。
伯爵低から宮殿に向かいます。この世界で生きていくのでしょうか? このおはなしを最初から読んで見たいと思われる方は、左のcategoriesから、『パール・ストリングス - 小説』に入って、さかのぼってくださいね。よろしくお願いします。
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■ 十四 練兵場兵舎
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―マックダリアン伯爵の率いる馬車数台。その前列の馬車に三人は乗っていた。
「します、されます、いたします。思います、お思いになられます、存じます。知っています、ご存知になられます、存じます。食べます、召し上がります、いただきます……」
サツキはぶつぶつと繰り返していた。
サツキと弥生は、ダリアン邸では作業着のダブリエを着ていたが、今日は絹とジョーゼットのドレスを着て、その上にケープをはおり、すっかりパール国人らしくなっている。高校生姿の彼らに比べずいぶんと落ちついてみえた。
「サツキは勉強熱心ね。あっ、マリー・サツキ・ド・ラ・ビーア嬢と呼ばなきゃならないんだっけ?」
弥生はいつもながら感心していた。
サツキはダリアン邸で学んだことを復習しているのだった。紙に書いたものをビリビリに破いて、
「うん、これで覚えたことにしておこう」
そう言って、サツキは、弥生を、正式な名前で呼びかけ、
「アンヌ・ヤヨイ・ド・ラ・ビーアさん、他に文字の書いた紙は持ってない? わたしたちの世界の文字を人に見られないように、と厳重に注意されたものね。それにしてもパール国の文字。だいぶ覚えたけれど、おとなの書くものは、てんで読めない」
サツキは不安な顔色を示した。
のんきそうな弥生は馬車の窓から外を眺めていた。
「サツキはスポークスマン。わたしはなんだろ。ホームシックのぼやきマンか? あの太陽、二つもあるなんてやだ。ああ、Sの苺ケーキ食べたいなあ……」
「太るよ」
「季節限定の苺だいふく食べた?」
「食べなかった」
「わたしも。こんなことなら食べておけばよかった。生クリームたっぷり!」
「宮殿に行けば、また、おいしいものにありつけるさ。ドリアン家のデザートもすごかったじゃないか」
と、葉月が横から口をはさむ。細い手でマントの留め金をはずして首もとをゆるめると、中から刺しゅうのある派手なレース襟がのぞいた。
パール国は身分上下の違いが厳しい。『男らしさ女らしさ』を求めての厳格なルールが設けられている。葉月はそれを聞かされていたので、恐れをなして、なるべく男らしく振舞おうとしていた。女装でもしようものなら牢屋に入れられ、鞭打ちの刑は免れない。顔にも傷跡が残るように故意に打たれるのだという。
葉月は、サツキと弥生とは血がつながっていて腹違いの弟、ジャン・ハヅキ・ド・ラ・ビーア子爵、と称していた。この子爵は、女の子になりたい願望を、以前よりも、深く深く胸の底に秘めたまま、憂い顔で口元をきりりと結んでいるのであった。